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一年の約束が四十年がたつ

M医師は、一年間の約束でこの霧多布の診療所にやってきた。「僻地医療に生涯を捧げよう、そんな使命感に燃えてやってきたわけではないのです。教授の命令で仕方なく、というのがほんとうのところです」それが、二年になり三年になり、とうとう四十年がたってしまった。はじめの数年間、毎年春が近づくと、妻のTさんはいそいそと荷造りをはじめた。「今年こそは札幌に帰れる」と信じた(かった)からだ。だがいつも、「すまないが、もう一年ここにいることになった」という夫の言葉によってその荷をほどくことになる。M医師は、「先生、札幌に帰らないでくれ。俺たちのことを見捨てないでくれ」という住民からの懇請をどうしても断わることができなかったのだ。昭和三十五年五月、地球の反対側で起きたチリ地震による津波で、霧多布はひどい被害を受けた。被災者およそ三千人、十一人の人が死んだ。M医師が診察していた顔馴染みの患者も何人か津波にのみ込まれてしまった。診療所もしばらくは使いものにならないほどの大きな被害を受けた。